THE LOVE THEME OF SYBIL AND WILLIAM by Chuck Palahniuk

Printed in Modern Short Stories
October 1990

translated by me.

ラニュークのホームページから拾った。jetlaggedでぼーっとしてるから頭のエクササイズ。

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シビルの人生というドラマシリーズにおけるテーマソングは、ジョニ・ミッチェルの音楽。シビルがビーチを歩くとき、頭の中にはジョニの声。セックスするとき、ジョニのテープを流す。情事が終われば、シャワーの中で彼女はジョニを歌う。

幸せなときは、「フリー・マン・イン・パリス」みたいなアップな曲を掛ける。
落ち込んだときはジョニのブルーなアルバムを掛ける。もっと正確にいえば、彼女の夫が怪しむように、シビルが落ち込みたくて落ち込んだままでいるときに。

怒ったときには悲しい曲をかけるが、それを大音量で流す。今夜は、「ピープルズ・パーティーズ」があまりに大音量なので天井の照明から埃が落ちてくるほどだ。マンション内の誰もが、シビルがどんな気分でいるかがわかるほどの騒音。彼女の夫、ウィリアムは騒音にきづき、このままオフィスに走って戻るべきだろうかと考えながら廊下で少しの間立ち尽くす。家に電話して、仕事が遅くなると電話することだってできる。「医者が今日は家に帰るには健康すぎるって言うんだ」夕食に遅れたことを責められたら、そう答えればいい。それでも、ウィリアムは鼓膜を直撃するであろう圧力を逃すために、口を開けながら、部屋に入っていった。

「ただいま」彼は音の壁に向かって叫んだ。おどろくべきことに、返事はなし。

ウィリアムは居間に入ってステレオの音量を絞った。シビルはキッチンでクッキーを食べていた。

「どうしたの」ウィリアムはさりげなく言った。何が悪いのかきかなければいけなかった。それが台本に書かれた彼の役だから。もしそれをやらないでシビルのヒントを無視すれば、音楽は再びリヒター値に戻ることになる、彼が聞くまで。

「わたし太ってんの」シビルが「癌の末期で仕事を失ったの」というほどのやりきれなさを込めて言った。

「で、クッキー食べてるの?」

「これは新しいダイエット。欲求が消えるまで食べまくって、クッキーを見るだけで気持ち悪くなるまでやるの」さらにクッキーを皿に出しながらシビルは説明した。

「で、そうすると痩せるの?」ウィリアムはクッキーをつまみながら言った。

「あとは下剤を飲むの」シビルはそう答えてすぐ続ける。「オレオとエックスラックス式ダイエットって言うの」
(*Ex-lax,市販の下剤、日本で言うところのピンクの小粒)

ウィリアムは笑った拍子にクッキーの欠片を鼻に吸い込んでしまった。すごくシビルっぽい。バカでおかしくて、真剣で純粋なのだ。時々、ウィリアムは自分が彼女と結婚したのか養子にしたのか分からなくなる。

「それあんまり健康的じゃないと思うけど。下剤って中毒になるんだよ、知ってる?」ウィリアムは真剣さと彼女の親としての役割を再び取り戻して言い、もう一枚クッキーを手に取った。

彼にはもうシビルがキッチンとトイレを定期的に往復する姿を想像できた。トイレは松の木のお香と何ヶ月分もの糞の匂いがすることだろう。または、シビルは缶入りのバラの香りのルームフレッシャーを手に、悪臭を追い回る。

彼が明日帰宅すると、彼女はトイレに座ってオレオか下剤を食べているはずだ。不思議なことに、彼はクッキーに対して申し訳なさを感じた。短い旅をごめんよ、みんな。ちょっと前まで人気者のクリーム入りクッキーだったのに、30分後には食物連鎖の最低部まで叩き落とされる。

「黄色のドレスが着られるようになるまでの間だけよ」シビルは主張する、「新しい摂食障害を発明しようとしてるわけじゃないの」

ウィリアムはまたクッキーを一枚たべ、下剤中毒者のためのベティ・フォード・クリニックを想像した。患者は一日中座ったままでいる。彼らはチーズみたいな、つなぎを食べる。フルーツは無し。繊維もだめ。入所の前にはみんな、食物繊維持ち込みを阻止するためのボディチェックを受ける。極端なケースにおいては、括約筋をつまんで留められることもある。

「狂ってるって思ってるでしょ?」シビルがきいた。
ウィリアムは、どうやって括約筋をホチキス留めできるかという思考の中をさまよっていた。
「エックスラックスにもっと色んな味があったらいいのに」シビルはやや大きな声でそう言った。

ウィリアムはまだ気づかずクッキーの端をしゃぶりながら、シビルが雑誌や書類の郵送用の厚紙でできた筒に入るくらい細くなり、一週間分のオレオと共にメイヨ・クリニックに送られる日のことを夢想していた。

シビルは居間へと走って行き、ジョニのテープのスイッチを押してから音量を最大限に上げた。テープは古かった。シビルの車のグローブボックスでひと冬と、彼女のウォークマンの中でひと夏を過ごした。いまや、ジョニが歌うとき、言葉はまるで水の中から聞こえてくるような感じ。音楽は曖昧で震えていて、まるでジョニとピアノが今にもうわっと泣き出そうとしているみたいだった。

「ボリューム下げてくれるかい」ウィリアムがキッチンから叫んだ。

「なに」シビルが叫び返す。
「ちゃんと話を聞いてたよ、だから音量を下げてといったんだ」
シビルは音量を下げた。少しの間だけ待って、彼女はキッチンへと戻った。
「わたしのダイエットのこと、バカだと思う?」彼女はきいた。
「だって、きみは太ってなんかないからね」ウィリアムは言い、今まさに自分がシビルの病気に注意深く対応するか、あるいは彼女が二日間ムクれたままでいるようなヘマを口にするかの瀬戸際にいることに気づいていた。

「きみはきれいだよ、僕はもっときみに構うべきだったよ」彼はそう続け、彼の殉死は完遂した。「ほんとにわたしってきれい?」オレオの屑で真っ黒になった舌を見せてシビルがきいた。

「あたりまえだよ」ウィリアムは優しく言った、そして彼は気づいていなかったが、それは全くもって真実だった。

シビルは美しかった。いまでもウィリアムの注意が逸れている時に彼女が部屋や道路を横切ると、あの美しい女のひとは誰だろうと不思議に思うことがあるのだった。でもそれがシビルだと彼が気づいた瞬間、おどろきは掻き消えてしまう。ウィリアムの頭の中では、シビルはもう驚異に満ちた神秘的な存在ではなくなっていた。ウィリアムにとっては、シビルは湖畔詩人について賢いことが言えない、ただの23歳の女の子だった。

二年前、シビルはマダム・キュリーの脳を持つ、カットオフTシャツを着たピア・ザドーラだった。のけぞって笑う時、おっぱいの下が見えてしまうことにもまったく気づいてないくらいに無垢だった。おっぱいが見え、濃い赤の髪が投げ出され、彼女の目がおおきく開くと、緑がかった茶色の虹彩のふちまわりにある白い部分が見えた。

http://chuckpalahniuk.net/features/shorts/love-theme-sybil-and-william