memory backup 1

友達ではなかった子のことを思い出した。イギリスで会った子だ日本人の、会ったといってもすれ違いくらいの、わたしの友達だった子たちみんなと友達だった子。

どうして彼と仲良くならなかったかというと、ある日5人くらいで話していた時(彼だけが男の子であとはみんな女の子だった)、彼は映画をつくりたいと行っていた、わたしは当初イギリスへ渡ったとき映画学校に行こうと思っていてアートスクールにも通ったけれどはっきりいって挫折した、ほんとうに映画をつくる人は学校なんて行く前にとっくに何本も作っていることが分かってしまったからだ、なんていうかアノ頃は自分なりの表現なんて言葉はクソクラエだとおもっていた、ベストにならなきゃ意味がなかった、自分が好きな監督みたいになれないなら意味ないと、だから映画を作りたいという人を尊敬していたしすごくうらやましく思っていたのだ、なぜなら映画を作りたいということは、既に映画を作っていて何本も一人で、その上で勉強してもう既にこの世に何人もいる素晴らしい監督達と肩を並べる自信がある、そういう意味だと思っていたのだ。

わたしは多分目を輝かせて彼に聞いた、どこの学校に行くの?と。

彼はまだ分かんない、と周囲の女の子を見ながら言った。目が合わなかったわたしは何も考えずに映画学校はすごく高いよということを言った、大学は当然ながらプライベートの有名校なんて目ん玉飛び出るくらい高い、だからフィルムじゃなくてビデオアートのコースに行ったよ、と自分の話をした、彼は英語がわからないからなあ、と言って、他の女の子をまた見た、それからまたわたしが教会の下にあるカレッジ(専門学校)に多分映像のコースがあるんじゃない、と彼に言った、そうしたら彼は、見学にいくのに周囲の女の子に一緒に来て、と頼んでいた、彼はたぶんとても可愛らしい顔をしていて幾分女性的だった、周囲の女の子たちはprotectiveになってたような感じだった、彼はいつも女の子たちと一緒にいた、わたしは最悪なことに、その時彼を軽蔑してしまったのだ、冷たい目で、自分がやりたいことをするのにどうして独りでやろうとしないの?なんてことを言ってしまったか、そう思って顔に出したかしたのだ、彼は完全に萎縮してしまった、それ以来、彼はわたしを怖がっていたような気もするし一緒に遊んだりすることはなかった、別にそれでいいと思っていた、わたしは本当に若くてバカでナイーブで冷たくて自己中心的だったのだ。同じクラブに行くこともあったが、親しく話をしたような記憶はない。

誰もが自分と同じようにできるなんて思ったら大間違いなのだ。自分だってみんなができることをできないというのに。どうしてアノ頃はあんな風に人を簡単に断罪していたんだろう?法治国家に生きることのプラスは自分以外のシステムが勝手に人を裁いてくれるんだから、自分は一切だれも裁く必要がないということだというのに。

それから数ヶ月か数年が過ぎ、彼が帰国することになった。わたしは別の友達に誘われて送別会という名のクラビングに参加することにした、ただ単にそのクラブに行きたかったから。当時彼はわたしと仲良しだった女の子ともめて、女の子はわたしに彼と会って欲しくなかったようだったがそれもクソクラエだと思っていた、別に何の話をするわけでもない、行動を束縛されるのはうんざりだし関係ないと思っていた、本当に誰の気持ちも分かっていなかったんだと思う(まあ当時は人生の中で一番荒れていたかもしれない、心情的には、今のほうが状況は大変だけど心はあそこまで荒れてないもんね)。

その夜も別にとくに親しく話すことはなかったけれど、わたしが顔を出したことに彼はひどく喜んでくれた。罪悪感なんて感じなかった、わたしはただその場を楽しんだ、酩酊して踊って朝になって帰った、でも帰り際に彼はなぜかわたしに指輪をくれた、酔っていたからかもしれない、自分の大切な指輪だといいながら指から外して渡してくれた、たしか蛇のデザインだったか覚えてない、なぜかというと手元に無いから。わたしはそんな思い入れのありそうなものを手元には置いておけない、と思って、わたしが彼の送別会に参加したことで怒り狂っている友達に渡したような気がする、彼らは恋人になりかけて上手く行かなかったのだ、確かそうした気がする、覚えてない。

それからすぐに彼のことは忘れてしまった。

次に彼の名前を聞いたのは帰国して二年くらい経ってからだと思う、友人経由で東京の映画学校にいるなんて話を聞いたこともあったけどすぐに記憶からは消えた、でもある日決定的なことを聞いてしまったのだ、彼が若くしてほんとうに若いというのに死んでしまったこと、イギリスにいた頃もその前からたぶんずっと病気だったこと、死はたぶん避けられないことだとずいぶん前から知っていたようだとかなんとか、詳しくは聞けなかった、ただ驚いてなんというか衝撃的だった、彼は自分が近々死んでしまうことを知っていたというのか、と。

今になってわたしは強烈に自分を恥じている、なんてarrogant little prick なんだわたしは、どうしてあんな風に人を裁くようなことばかりしていたのか、罪深い罪深い罪深くて吐き気がするけれど吐けない、彼に対して罪悪感を覚えるというより(まあ当然それもあるけれど)あんな風に無自覚的にたくさんのひとを傷つけてきたのだと思うだけで鳥肌が立つ、なんてバカなんだ、あらゆる人々にあらゆる事情があるのだという想像力にすら欠けていて、そして全然優しくなかった。優しくされて当然だと思っていて、でもひとに優しくするなんてこと全然できてなかった。

優しさということを、自分の欲求に正直でいることだと勘違いしていたのだ。