The Lady translated by me

 僕の友達に「お化け屋敷」の住人がいる。田舎にある素敵な白い庭付きの古い農家で、そこから友達は数週間ごとに夜中に電話を掛けてくる。「誰かが地下室で叫んでる。銃を持って降りるから、五分後に掛け直さなかったら警察を呼んでくれ!」
 すごくドラマチックだけど、これはちょっと自慢の入った文句だ。「私のダイヤの指輪ってすっごく重いの!」やら「みんなに追いかけ回されなきゃTバックのビキニ着るんだけどな〜」っていうやつのサイキック版、みたいなもんだ。
 友達は彼の幽霊を「あの人」と呼んで、一晩中眠れなかったのは「あの人」が夜通し壁の絵を動かしたり、時計をリセットしたり居間を歩き回ったりしたからだ、なんて文句を言う。彼はそれを「ダンスした」とかって呼ぶ。遅刻したり調子が悪いときは大抵「あの人」のせいだ。寝室の窓の外から彼の名前を一晩中呼んでいただとか、電気を付けたり消したりしただとか。

 これは幽霊なんか信じたことのない、現実主義の男の話。「パトリック」と呼ぶことにしよう。この家に引っ越すまでパトリックは僕みたいな人間だった、つまり安定していて、実際的で、合理的。
 今じゃ全くトチ狂ってる。
 その証拠に、彼が休暇に行く間に留守番をさせてくれと頼んでみた。書くためには静けさと外界から離れることが必要なんだ、と僕は言った。植物に水をやると約束し、二週間そこで過ごせることになった。さっそく、ちょっとしたパーティーを開くことにした。
 この男一人だけが、妄想に捕われた唯一の友達というわけではない。別の友達は(彼女をブレンダと呼ぶことにしよう)未来が見える、なんて言う。夕食の間中、彼女は君のとっておきの話を台無しにする。突然はっと息をのんで口に手を当て、恐怖の浮かんだ目を見開いて椅子にへたり込んだりする。どうしたんだと聞いても、「あ・・・なんでもないの」なんて言ってから、心に浮かんだ恐ろしいビジョンを振り払おうと両目を閉じる。 
 ムキになってどんな恐ろしいものが見えたのかを聞いてみると、目に涙を浮かべてブレンダはテーブルに乗り出す。彼女は君の手を取って懇願する、「ねえ、どうかお願いよ、これから六年は自動車に近寄らないでね」
 これから六年の間、だって!
 ブレンダとパトリックは変な奴らだけど、僕の友達だから、いつだって相手の関心を引こうとする。
 「俺の幽霊ってばウルサいんだよ・・・」「未来が見えるのなんて最悪よ・・・」
 ホームパーティのために、ブレンダとそのサイキック仲間をお化け屋敷に招待することにした。他にも、特別な霊能力のない、バカで普通の友人グループも呼ぶことにした。霊媒が飛び回ってトランスに入り交霊して自動筆記してテーブル浮揚するのを、赤ワインを飲みながら観察し、口に手を当てて礼儀正しく笑う、というわけ。
 それで、パトリックは休暇に出た。十数人が次々と家に到着。ブレンダは、僕の知らない友達を2人連れてきた。ボニーとモーリー、2人とも到着してすぐ、この家の幽霊パワーにやられて夢中になってる。数歩すすむたび、立ち止まる。足をふらふらさせて、床に倒れ込まないために椅子や手摺を掴む。OK、全員少しはフラフラしてた。でも正気のやつらにとっては赤ワインのせいだ。みんなでダイニングルームのテーブルに座り、真ん中にはキャンドルを灯して、さあサイキックが仕事にかかります。
 まず、彼らは僕の友達のイナに向き合った。イナはドイツ人で良識がある。彼女の感情表現とは、すなわち煙草に火をつけること。霊媒ボニーとモーリーは、その時イナに初めて会った。でも2人は口々に、イナの傍に女性の霊がいると話した。その女性は「マーガレット」という名前で、イナに小さな青い花を見せているという。忘れな草だわ、と2人は言った。そして突然、イナは煙草を消して泣き出した。
 イナの母親は数年前にガンで死んでいた。母親の名前はマーガレットで、毎年イナは忘れな草の種を母親の墓に振りまく、忘れな草は母親の愛した花だったから。イナと僕は20年付き合いがあるけど、そんなこと知らなかった。イナが死んだ母親について話したことはない。今、彼女はすすり泣き、もっとワインをちょうだいとせがんでいる。
 僕の友達を混乱に落ち込ませ、今やボニーとモーリーは僕に向き合った。
 彼らは、僕の近くに男がいると言った、肩のところに立っていると。彼は、僕の殺された父だと2人は同意した。
 はあ、マジかよ。僕の父親。バカげてる、アホも休み休み言え。
 誰だって僕の父親の死の詳細を知ることはできる。奇妙な、皮肉な円を描く物語。彼が四歳の時、彼の父親は彼の母親を銃で撃ってから僕の父親を殺そうと家中探しまわった。父さんの初期の記憶とは、ベッドの下に隠れ、父親が自分の名前を呼ぶのを聞き、床すれすれにライフルの銃口が煙を吐くのと重いブーツの踵が踏み鳴らされて去っていくのを見ていた、というものだ。彼が隠れている間に彼の父親は自殺した。その後、僕の父親は生涯その風景から逃れようとしてきた。親戚は、父さんが次々と別の女性と結婚することで、ずっと自分の母親を見つけようとしていたんだと言う。いつも離婚しては再婚していた。彼が新聞で個人広告を見つけた時、僕の母親とは20年前に既に離婚していた。広告主に暴力的な元亭主がいることを知らずに、彼はデートをはじめた。三回目のデートから戻ってきた夜、女の家で突然現れた元亭主に2人とも撃ち殺された。1999年の4月のこと。
 当たり前だが、こんな詳細は至る所で知ることができる。もっと大変だったのは裁判になってからの話で、殺人犯が死刑宣告を受けたことだった。ボニーとモーリーは特別な能力なんか無くても、そんな話を知ることは可能だ。
 でも、2人はまだ拘っていた。彼らが言うには、父さんは僕が四歳の時に起きたことについて謝りたいと言っているそうだ。
 それがいかに残酷なことか分かっていたのに、躾のためにはそれしかできなかった。当時の彼はまだ若く、やりすぎたことに気づけなかった。
 ボニーとモーリーは手を握り合い、小さな子供の僕が、まな板のそばで膝をついているのが見えると言った。父さんは僕の傍に立ち、なにか木製のものを握っている。
 「棒だわ」ふたりはいった。それから続ける。「違う、斧だわ・・・」
 友達はみんな沈黙し、イナの泣き声が、しのび笑い混じりのシーッという声で制された。
 ボニーとモーリーは言った。
 「あなたは四歳で、なにかとても重要な決断を下しているわ。何か、その後の人生にずっと影響するような」
 彼らは僕の父親が斧を研いでいると説明した。
 「あなたはこれから・・・」
 少しの間。
 「切断される?」

 イナはまだすすり泣いていた。バカ女。僕はワインを注いで、それを飲んだ。また注いだ。心霊世界のガイドであらせるボニーとモーリーに、もっと話してくれ、と頼んだ。にやにや笑って言う。「いや、ほんとに。なかなか凄い話じゃないの」
 そして2人は言った。「あなたのお父様は今、とても幸せよ。地上にいた頃よりずっと幸せなの」
 まったく、そんなの当たり前じゃないのか?残された遺族のために、ちょっとした安堵を。ボニーとモーリーは、歴史上つねに存在する、悲しみにくれる人々を餌食にしてきた奴らと全く同じだ。良くて2人は可哀想な妄想狂のバカたちってところで、悪ければ人心操作に長けた怪物達だ。
 僕が2人に話さなかったのは、四歳の時に金属製のワッシャーを指に嵌めてしまった時のことだ。キツすぎて外せなくなり、指が腫れ上がって紫色になるまで父さんに助けを求めなかった。輪ゴムやなにかを指にキツく嵌めちゃいけないといつも言われていた。指が壊死して腐り落ちてしまうから、と。父さんは、指を切り落とさないと駄目だと言って、その午後は僕の手を洗ったり斧を研いだりした。その間父さんは、自分の行動に責任を持つことについて教えてくれた。自分が何かバカなことをしでかしたら、その代償を払わなくちゃいけない覚悟しろ、と言われた。
 その午後ずっと、僕は聞いていた。ドラマも涙もパニックも無かった。僕は四歳なりに、父さんは僕のためにしてくれているのだと思っていた。太い紫色の指を切り落とすのは痛いだろうけど、何週間もかけて腐り落ちるよりはマシなんだ。
 僕はまな板の横に膝をついた。鶏たちが何度も同じ運命をたどるのを見てきたマナ板の上に、手を置いた。僕は本気で父さんに滅茶苦茶感謝していて、これからは絶対に、自分がしたバカなことについて他人に非難されることがないようにしよう、と心にきめた。
 父さんは斧を振りかざし、当然ながらそれは外れた。家の中に入って、父さんは石けん水を使って指からワッシャーを外してくれた。
 ほとんど忘れていた話。ほとんど忘れていたのは、誰にも話さなかったからだ。話した誰かの反応を思い出すこともなかったから。なぜかというと、他の誰も理解しないだろうと知っていたから。その上、彼らは父さんの行動は残酷すぎると彼にレッテルを貼るだろう。神に誓って母には言えなかった。正義の怒りで彼女は爆発するだろうから。父さんの幼少期の銃撃の記憶のように、その日の斧は僕にとっての一番古い想い出で、36年の間ずっと秘密だった。僕と、父さんの。それなのに、ボニーとモーリーのバカ女達が僕と酔っぱらった友達全員に話してしまった。
 奴らに満足感なんて与えてやるもんか。イナが泣いている間、僕はワインをもっと飲んだ。笑いながら肩をすくめて、興味深いオハナシだったけど全くナンセンス、と言ってやった。数分後、女性のひとりが床に倒れて吐いてしまい、車に戻るための助けを求めた。パーティはお開きになって、イナと僕はワインを飲み干すために残り、ベロベロに酔っ払った。
 本当にがっかりする、くだらないパーティだった。友達がナンセンスを真剣に受け止めているのを見るのは。「あの人」は全く現れなかったけど、パトリックは相変わらず、くだらない幽霊問題について文句を言うため電話してくる。ブレンダはいまだに、アホらしい予言をする前には震えながら青ざめる。ボニーとモーリーに関して言えば、彼女達はラッキーだ。なんかのトリックなんだと思う。今じゃ、僕の周りの人間はみんな少々惑わされたままになっている。
 ボニーとモーリーの手品術の説明をすることは僕にはできないけれど、この世界には僕が説明できないことは沢山ある。
 父親が殺された夜、何百マイルも離れた場所にいた僕の母親は夢を見た。彼女が言うには、父さんがドアをノックして、匿ってくれと頼んだそうだ。夢の中で彼は脇腹を撃たれ(後にそれは検死官によって確認された)、銃を持った男から逃げようとしていた。彼を匿う代わりに、母は彼に向かって「あんたは子供たちに恥と苦痛しか持ちこまない」と叫び、父さんの鼻先でドアを閉めた。
 同じ夜、僕らが昔住んでいた砂漠を歩いているという夢を、姉のひとりが見た。彼女は父さんと一緒に歩いていて、大きくなってからみんな離れてしまい、最近は話す機会もなくてごめんね、と彼に謝った。夢の中で父さんは立ち止まってから「過去はもう関係ない」と言った。僕らの父親は彼女に向かって、自分はとても幸せなのだから、彼女もそうあるべきだと話した。
 彼が死んだ夜、僕は何も夢を見なかった。誰も夢枕に立たず、さよならも言われなかった。
 一週間後、警察が電話を寄越し、死体を確認してくれないかと言ってきた。
 まったく、見えない世界を信じたいもんだ。物質世界の苦痛やプレッシャーを和らげてくれるんだろう。でもそれは、僕の銀行口座にある金や僕のまともな家や過去の苦労の価値を、すべて無効にもしてしまうだろう。すべての問題も恩恵もあっさりと消えちまう、なぜならあらゆることは本や映画のあらすじにある出来事くらいのリアリティしかなくなるからだ。不可視の永遠なる世界は、この世界を幻想に変えてしまうだろう。
 まったく、心霊世界ってペドフィリアとかネクロフィリアみたいなもんだ。僕は経験したことがないから、全く真剣に受け止めることができない。いつだってジョークみたいだ。
 幽霊なんて存在しない。
 でももし存在するのなら、父さん、あんたは僕に直接言って来るべきなんじゃないのかい。 

 Chuck Palahniuk: Non Fiction: The Lady: 2004: Vintage Books: London